「早期退職した50代、一流企業出身でも再就職先が決まらない現実」
早期退職した50代、一流企業出身でも再就職先が決まらない現実
週刊SPA!編集部
日本は会社員の場合、ライフワークバランスが保てないような過酷な労働環境が目に付く。役職があれば年収は上がるが板挟みの精神的な負担がのしかかる。昇進できなければあとから入ってきた人に追い抜かれたような気分になり精神的に疲弊する。だからと言って一念発起して脱サラするなんて人はほんの一握り。大抵は我慢して会社員を続け、安定した収入を選ぶのだ。自営業になったとしてもサラリーマン時代と比べたらまた別の不安がつきまとうことも多いだろう。
だけどやっぱり人生は一度きりだ。私はこの記事に出てくる人の選択は間違っていないと思う。自分で選んだ道だからな。急に50代でクビになってから警備員になった人とは、自分の人生の感じ方がまるで違うはずだ。あとから人のせいにする人は自分で選んだ道でも学びがないから同じかも知れないけど。と、数十年後の自分に向けて、書いておく。
アシタノワダイは広告収入を得ながら警鐘を鳴らすレジスタンス
個人的な意見を適当にまとめる。
某「子供を笑顔にさせて食う飯はうまいか」で有名なYouTuberは、企業の利益につながらない子供たちの人気を博して莫大な広告収入を得ています。正確には所属事務所も含めてなので全額ではありませんが。
格安SIMと海外旅行
スマートフォンを使っていなかった時代の海外旅行は、「地球の歩き方」と現地で入手した観光マップを片手にいろいろなところへ行った。
イギリスは9回ほど行っているが、昔は電波なしガラケー(国際ローミングなし)に始まり、ノキアのガラケーレンタル(通話とSMS)、ドコモのガラケー(ローミングで電話はできる)などを旅行に持って行った。当時は携帯電話でインターネットを使う文化がそこまで浸透していなかったので、問題はなかった。国際電話用のプリペイドカードがあったし、ネットカフェやユースホステルにあるPCでは、現地でバスや電車のチケット、次のユースホステルを探して予約するために重宝した。
iPhoneの登場により、旅のスタイルが劇的に変わった。最初はレンタルWi-FiでiPhoneを使った気がしなくもないが、SIMロックを解除するアダプタ(SIM下駄)をSIMトレイにかまして、現地のプリペイドSIMを使って始めて3G回線を使ったのは2011年だった気がする。
その後は、ソフトバンクが1日海外パケット定額サービスを比較的低廉な価格で提供していたので、2013年は決まった日(日本時間の0時から)だけ24時間使うという方法を導入した。このときなぜ現地のSIMカードを入手しなかったのかというと、2週間で7カ国を回る無謀なプランだったことから、Wi-Fiをレンタルするにも高いし、プリペイドSIMをいちいち買うのも面倒という理由でソフトバンクの恩恵に預かったんだと思う。
まだLINEが流行る前、Viberは音質が素晴らしかったが接続が安定しなかった。Skypeは何度かお世話になったがどうも外だと安定して通信できなかった記憶がある。結局、国際電話を使ってお金がもったいないーという事態はままあった。今ならLINEもWhatsAppもMessengerもあるからコミュニケーションには問題を感じることはなさそうだ。あるとしたら、現地のSIMカードを刺すといざというときに日本で使っている電話への入電に気がつかないということくらい。でもそれも安く解消できる時代になった。
私は今、mineoのデータ+音声ドコモ回線プランを使っている。昼と夜はネットがかなりもたつくが安いので気にしないことにしている。低速モードなら容量減らないし、そのモードでもLINE通話はまったく問題なくできる。
格安SIMは国際ローミング機能がないので、国際電話はできてもインターネットはできない。現地の回線が必要なので、必然的にiPhoneのSIMトレイからは外し、現地のSIMカードに差し替えることになる。
そこで便利なのが、「050 free」アプリだった。ブラステルのサービスで、NTTコミュニケーションズ提供の「050PLUS」が月額有料で050番号(IP電話)を発行するのに対して、ブラステルは無料で050番号を割り当ててくれる。
mineoの場合、転送でんわサービスが無料なので、050 freeと組み合わせることで海外のどこにいてもネットさえつながっていれば日本で使っている080/090の着信を受けることが可能だ。もし海外にいて普段通りに080/090番号で着信を受けると、着信料なる高額な料金が発生する。しかし格安SIM会社提供の転送電話サービス→050番号への転送→アプリで080/090番号にかかってきた電話の転送通話を着信の場合は、080/090番号から050番号にかけた電話代だけで済むので、長電話でなければ安上がりになる。
また世界中のどこにいても、呼び出し音は日本のコール音(転送までの時間設定を0秒にしておく必要がある)だ。
LINEあるからええやんか、と思うだろうが、やり取りをする相手がみんなLINEを使っているわけではないし、仕事ならなおさらのことである。
iPhoneと現地SIMがあれば日本とほとんど変わらないネット環境になる時代。なんなら海外の方がプリペイドSIMとかは種類が豊富だし使いやすい。
ただスマホでなんでも完結しようとすると、このように乱文になるので、そういう生活を改めようと思っている今日この頃である。
チャレンジ系YouTuberジョーブログ、人気の秘密を垣間見た。
ジョーブログは金髪の関西人20代男性、ジョーくんが主人公。彼はアメリカをヒッチハイクで横断したり、南米をバイクで縦断したり、アマゾン川をイカダ下りしたりといった冒険のみならず、最近では10代の頃に少しやっていたというボクシングに本格的に挑戦。亀田興毅とAbemaTVでボクシング対決をしたことがきっかけで、プロテストを受けるなどで話題を集めているチャレンジ系ユーチューバーだ。
そんな彼が先ほど、1本の動画を公開した。
https://youtu.be/_rL7d8e6kRY
それはリスナーからの質問に答えるというシンプルな企画。主に人生相談や将来の夢についてヒントを求めている若者からの質問が大半を占めているで、ジョーは特に着飾ることもなく、彼らしい奔放な回答を進発していた。中でも、迷いを抱える若者に向けては一貫して「すぐ動け、やりたいようにやればいい」といった自論をぶつけていた。これには多くの若いリスナーが励まされたことだろう。
ジョーのジョーらしさを特に感じたのは「初めての彼女に振られて立ち直れない」という質問に対する答えだった。「感じろ感じろ。今という瞬間は今しか味わえないぞ」と答える姿は、上から目線でもなく、だからといって人生の先輩かのような立ち位置から寄り添うような姿勢を見せるでもない。
彼はただ、思ったことを答えているだけだから、その言動や行動が人に刺さるんだと思う。今回の質問コーナーを通して、以前、アマゾン川下りの途中(と言うか九死に一生を得たあと)、ペルーかどこかのサンフランシスコ村というシャーマンがいる村でアヤワスカ(幻覚剤)の儀式を受けている最中に彼が暗闇の中で発言していた言葉がつながった。
南米でアヤワスカを飲んだあと、トランス状態に入った彼は同行していた当時のマネージャーから質問を受けて、それに対して不思議だけども納得のいく心情を吐露していたジョー。「自分が何者か見える?」と問われると、「指揮者やな」と答え始めた。その指揮者とは、「リーダー的な意味合いのほかに、自由がある」とし、「自由は、自分のフィーリングであり、遊びだ」と会話を展開していく。
マネージャーが「指揮者っていうのは遊びじゃない」と返事をした際には、「指揮者っていうのもただの形やねん」と話し、続けて言葉を持った赤ん坊状態の(あるがままの)自分と現実の自分をつなぎとめる役割をしているのが、ジョーにとって「友達」であることが紐解かれていった。友達がいることによって彼は、彼の中の自由をコントロールできている。友達がいなかったら、自由はめちゃくちゃなものになっている、といった考えをつらつらと答えていく。さまざまな物事に挑戦する理由は、自由意思を持ったジョーが自分自身を再確認するためだとも語っていた。
今後、ジョーブログへの質問コーナー第2弾があるとしたら、ぜひ「中高年限定」のお悩み相談もやってみてほしいものである。
※アヤワスカの動画はアヤワスカ ジョーブログで検索したら全編閲覧できます。
ニコニコ生放送に観る”いとしの未来”
ニコニコ生放送に、遠い昔に描かれたちょっと未来の物語を感じている。
雑談系の配信者が好きで、最近よく見ている。外配信でバカやったり、家ではご飯を食べているときや風呂に入っているとき、さらには寝ている様子さえも配信してしまうような31歳の不細工なデブのニート、それが好きな配信者だ。
20年近く前に見たドラマでは、「多チャンネル放送」で最終的に一番視聴率が高いのは何か、それは「真っ暗無音」を放送し続けるというものだった。そのほかにもデブ女の生活を放送し続けるチャンネルなどが“マニア向け”であった気がする。20年前のドラマなのでインターネットがそんなに発達しておらず、未来を描くにしても「放送」の概念に即したものはテレビで、その成れの果てが「多チャンネル放送」だった。視聴率が0.00数%になるほどチャンネルが増えすぎてしまうという、テレビ業界のインフレが描かれた。
私が20年前、まさか個人的に「ニートのデブ男の日常生活を見る」ということにハマる日が来ると思っただろうか。いや、おそらくないだろう。
時代はだんだん、SF化している。このままいくと現実そのものもフィクションになりかねない。でもそれでいいと思うよ。
です。ラビッツがいつの間にか大ヒット
なんて日がいつか来るのだろうか。
です。ラビッツ、旧デスラビッツは2014年頃から時折ライブを観ている。当時はローティーンのえみ、ゆず、かりんに身長190cmオーバーのコンバットスーツにガスマスクという出で立ちのアラフォー、神崎部長の4人組アイドル。なかなかパンチの効いた編成でAtari Teenage Riotを彷彿とさせるデジタルハードコア系の楽曲や、強烈にキャッチーなサビに持っていかれるポップな曲などジャンル的には幅が偏りながらも広め。
センターのえみちゃんは最年少で当時は12歳とかで身長は一番小さかったが、今はリーダーのゆずちゃんや、かりんちゃんの背を抜いて一番の大きい。そして割と反抗期が長いのか素直に毒を吐く。ゆずちゃんは頑張り屋なのでいつも空回って滑舌が悪いけど、しっかりお客さんを盛り上げている。かりんちゃんは加速度をつけて観るたびにおっとりしていってるなど、割とキャラが立っている。つまり部長はいらない。という部長ディス路線は結成時よりあって、いまだに「帰れ」コールが巻き起こる。その流れから、ユニットは茶番劇を積極的にライブに盛り込んでいたが会場のキャパが広がるにつれて、トップヲタの声が会場全体は届かなくなり、部長ディスを含むコール&レスポンスでは会話レベルの高度なコミュニケーションをステージと観客全員で共有することが難しくなってしまった。
転換期で茶番劇に続くネタを快く思わないヲタは離れるだろうが、何せ曲がいい(主観的)ので、90年代のミリオンヒットCDってなんだかんだキャッチーだったよなあといった感慨に耽りながら、新譜を何度も何度も聴いている。
あ、CDには部長がこだわりすぎてクビになりそうになった袋ラーメンが付いてくるのでそちらも若干楽しみにしている。